「ちょっと来てくれねぇか?」
そう言われ、私は彼の後に付いて部屋を後にした。 やってきたのは屋敷から少し離れた場所にある河原。
人も少ない場所だけど…。
わざわざこんな所に呼び出すなんて、何か重要な話しなのだろうか?
「何かあったの?」
「その、さ……」
私の問い掛けに、言葉にもならない答えを返してくる。
そして考え込んだまま、とうとう黙りこんでしまった。
どうしたものかと思案していると、彼が後ろ手に何かを隠しているのに気づく。
しかし、呼び出した本人がこうでは拉致があかない。
無理にでも口を割らせようと、私は一芝居うってみる事にした。
「用が無いなら、帰るけど?」
「ま、待った! 用事はあるんだ! 言うから、今言うから!」
必死に引き止めようとする様子に、踏み出した足を戻す。
その間、彼は深呼吸を何度も繰り返していた。
「…これ、やるよ」
差し出されたのは、紙に包まれた小物。
「う、受け取れ!」
唖然としている私に、彼は無理やりそれを握らせる。
「これって、何?」
「何って…開けてみりゃ分かるさ」
「……うん」
釈然としないまま、包みを開けてみると…。
中には漆塗りの綺麗な櫛が入っていた。
丁寧に造りこまれた細工は美しいのだけど、とても高価な物じゃ…。
「こんな高価なのどうしたの!?」
「それは…菊千代さんが十倍返しだって言うから…」
「えっ?」
菊千代さんの名前までは聞き取れたが、それから後はごにょごにょとして言葉にならない。
「と、とにかく! ちょこれーとの分は返したからな!」
そう言い残すと、彼は脱兎の如く走り去ってしまった。
取り残された私は、手元に残された櫛を眺める。
「ちょこれーと…あっ!」
如月の時に渡した贈り物のことを思い出す。
「こんな高い物…。本当、馬鹿ね…」
そう呟くも、どんな顔をしてこれを買いに行ったのかを考えると、自然と頬が緩むのだった。