【散り紅葉】

視界に映るのは、青い空に浮かぶ椛。
地面には色濃いままの下椛。
風がそよぐ度に枝を揺らし、赤や黄の木の葉が舞う。
「何してるの?」
「!!」
幻想的な雰囲気に浸っていた視界に、突然顔が現われた。
驚きに声も出ず、ただ目を開いてその人物を見つめてしまう。
「どうしたの? あ、俺に惚れ――」
「それはありません」
その軽口で我に返ると、彼の言葉を遮るように返事をする。
彼――重寿さんはいつものように苦笑いを浮かべていた。
「それで? 紅葉でも観ながら、感傷的になってたとか?」
隣に腰を下ろし、先程まで私が向けていた視線を追う。
「俺としては、植物なんかより、人を見てる方が楽しいと思うけどね」
「人…ですか?」
「そう。例えば……君とか?」
床に置いていた手を不意に取られる。
逃れようと手を引くのだが、彼の指にやや強い力が加わり、それを許さない。
「何を…!」
「ふふっ、紅葉みたいに顔が赤いよ?」
「重寿さ――っ!!」
反論の直前、手の甲に柔らかな感触が落ちた。
彼は上目遣いに私の反応をみると、ふっと優しげな笑みを浮かべる。
「紅葉、ごちそう様」
そう言い残し、重寿さんが遠ざかる。
先程よりも少しだけ空気が冷たく感じるのは気のせいだと、自分に言い聞かせた。