【観楓】

「楓が色づきましたね」
葛城のお屋敷に植えられた楓は極彩色に彩られ、その葉を風に揺らす。
朝夕と肌寒くなってきた気はしていたけれど、
いつの間にか秋は深まり、冬支度が始まろうとしていた。
「もうそんな季節か…」
予想より近くから聞こえる声に振り向くと、傍らに将景様が立っていた。
室内の見台には、先程まで読んでいた書物が閉じられたまま置かれていた。
「今年も、寒い冬になるのだろうな」
はらはらと散る赤い葉を眺め、彼は呟いた。
「そうですね。雪もどのくらい積もるのか…」
昨年の積雪による被害は然程では無かったが、
数年前の豪雪は、城下の町にも被害は及び、藩政に多大なる影響を与えたのだった。
「そうだな…」
と、将景様の視線が落ちる。
当時の事を思い出しているのだろうか。
余計な事を口走ってしまったと、私は深く自省した。
「……」
頬を撫でる風が、幾分冷たくなってきた気もする。
見上げれば、空は楓のように濃い茜色へと染まり始めていた。
「冷えて参りましたね。羽織りをお持ちしますか?」
「構わん。お前こそ寒くはないか?」
気遣う言葉に、私は笑みを返す。
「はい、大丈夫です」
「そうか」
短く発せられた返事は、微かに優しい響きを含んでいた。
『おーい、桂華?』
廊下を伝い、私を探している声が聞こえてくる。
「行きなさい」
「はい。それでは…失礼致します」
一礼し、私は背を向ける。
微笑む彼の表情に気づかないままに。